今、急遽沖縄に来ております。
沖縄に来て海を見ながらふと思いついたのが
来月から本格的に多言語をどのように心・体・財の充実に向けて実践可能なものにするのか。
希望者には積極的に具体的な方法で教えて行くチャンスを作りたいと意を強くしたのです。
大事なのは知識から知恵へ。知識に愛を注ぎ恵みとするかです。
つまり実践する者そのものがきちんと伝承し、良きものと確信したなら、また後世に伝えて言って欲しいと思うのです。
自分だけ知識を握りしめていても、知識は窒息し、恵みをもたらさないのです。
なので、私は知識を知恵に変え、どんなに教えても減ることがない立ち位置にいることに決めました。つまり、与えれば与えるほど良き循環となり、その循環が社会を良くすると思っているのです。
海外に住み多言語を扱う日常を過ごすことで、まだまだ日本では知られていない、いや、知るべき情報がたくさんあることが分かりました。
人の心理なのでしょうか。本当にいいものは教えたくない。という抑制心理があると言います。
利権意識もそこにあるのでしょう。
私もその気持がないとは言い切れません。というのも悪用されたり自分が思ってもいない形で伝わるのは本意ではないからです。
とはいえ
知識を知恵にと声高に叫ぶ私ですが、知恵に先立つ知識がなければ勝負にすらなりません。
とりあえず、ノウハウめいた部分も知り、実践し、効果をあげないと美談で終わってしまいます。
ただ、ゴミ情報ばかり、騙される情報ばかりを手にする人も中にはいて疲れている人もいるのは確かです。
そういう方こそ、私との出会いをきっかけに、騙されることに終止符を打っていただきたいと思います。
そうこう考えているうちに、
知識に愛を注ぎ恵みに転換できる情報ホルダーとして、
私の勝手な個人命名で恐縮ですが
私は情報資産家と名乗ります。
かつ、そこに私の専門分野である多言語を組み合わせ更にレバレッジを図り
多言語情報資産家としての活動を本格化していきます。
舞台は世界言語を相手にした全人類
日本語話者だけに限りません。
多言語情報資産家としての活動は多岐に渡りますが
例えば
多言語×婚活
このあたりも多言語情報資産家が活躍できる場所だと思っています。
私自身がまさにその生きたサンプルで、妻がロシア人。どこよりも何よりも説得力あるのではないかと思います。
国際結婚に関して言うと、外国人女性が理想の旦那さんに何を期待しているかというのはお国柄が出ます。もちろん個人差があるのは承知のこと、それでもなんとなくこんな感じというぼんやり感はあると思っています。
カナダに15年いた経験から見ると、カナダは、女性の自立の尊重をすごく感じます。旦那に養ってもらうという考えはまずないですし、自分は自分、相手は相手です。なんでも割り勘主義にそれが出ています。ただ、ロシアはどうでしょうか? 割り勘は嫌われますね。
いずれにせよ、国際結婚で立ちはだかる壁は
文化の差です。
これを悩みと取るか、面白いなと取るかは人それぞれです。
この辺は食生活の差にも出てきます。
あと、お金の価値観にも出てきます。
家族が先か、仕事が先かの考え方にも出てきます。
もちろん、日本人同士の間でもこのような差は出てきます。ただ、いいなと私個人が思えるのは、生まれた国が違うんだから違うのは当然だと、いい意味で諦められることです。
これがなんで同じ言葉を話す人が同じ見方ができないの?!とはならず
いわゆる同族嫌悪になりにくい良さがあるなと思っています。(あくまで私見です)
横道に逸れまくりますが
ロシア人女性は花が好きと言われるので、全く興味の無かった花に、妻を通じて興味を持てるようになったのは私にとって収穫でした。
花と無関係なお話だと思うかもですが、ちょっとお付き合いください。
ラテン語を知らない人でも
Carpe diem ! を知っている方は多いかも知れません。
英語ではSeize the day ! と訳されることが多いのですが、ちょっとこれだとニュアンス漏れしているかなと思うところもあります。
1日を精一杯生きろ! という日本語訳ですが、これは、1日を花に見立てていることを知り、衝撃を覚えました。精一杯生きろ!と言われれば、汗だくで、ハイ!先輩!みたいなイメージを持つのは私だけでしょうか。バレーボールのレシーブ必死に連打で受け止めている映像なんか勝手に浮かべてますが、全然、そんなんじゃない! もっとロマンチックな脳内映像だったことに衝撃を受けました。
そもそもはcarpoは、花を摘むという意味なので、その命令形のcarpeは(1日を花を摘むかのように)摘み取れ。という感覚なのです。
過ぎゆく1日1日を花々と見なし、その花々を摘み取っていくのが我々の人生なんですね。
私達の1日は花なのだ。花を咲かせる1日、それを毎日摘み取ってゆく。ラテン文学黄金期を支えた詩人、ホラティウスの名言です。ホラティウスは ut pictura poesis (詩は絵のように)で絵画に大きな影響を与えました。だからこんな絵が浮かぶような言葉を創れるんですね。感激です。
同じくホラティウスの詩集の名言に Vixi !(読み方はウィクスィ)
訳は状況を盛り込んだ訳で、私は今日を生きた!です。
1日1日が花として咲き、その花を人生の一コマとして摘み取って行くのが人生。そして、今日も私は今日という日を生きた!という充実感を持てる人が幸せな人と紀元前のラテン語が教えてくれるのです。なんと美しいことかと思います。
花の話を言うと、花という単語と色という単語はロシア語では同じ語源です。
興味がある人は花と色という単語をロシア語でググって見てください。
日本語は色が2つ続けば、いろいろ。
many/various の意味になるので、面白いですよね。
色がたくさんあれば、それだけ、違うという認識になるんですよね。英語でもcolor a life で、人生に彩りを添える的に使いますよね。
なんだかんだで話は逸れまくりましたが
・多言語情報資産家は多言語を駆使して日本では未開拓の分野を開拓する。
未開拓とは言い切れなくてももっともっとニーズを創出する活動をする。(例えば英語圏に限らない国際結婚の支援 英語圏以外ではごく当たり前だが日本には知られていない活動の普及など。世界が英語圏文化の偏重になり過ぎないようにバランスを取る活動など。)
・多言語情報資産家は、どの国でも自分ビジネスができる人である。そして社会に有益な情報を日本に持ち込みそれを他者実現の為に使い積極的に支援する。
・多言語情報資産家は心・体・財の充実を図る為、旅行することにより心と体の英気を養い、旅行をしていても財の形成がストップしない循環をシステム化する。ただ、それは自己実現のみの見せびらかしの旅行とは違い、知識を知恵に昇華させるための立派な活動であり、海外では習得中言語の実践場として機能する。学びて富み、富んで学ぶを1日1日、私は今日という今日を生きたという充実感の中、目一杯自分の花を咲かせる。
・多言語情報資産家は日本人の精神性を尊重する者である。世界を舞台にして活躍しようとも日本社会に還元できる善き日本人である。
一人でも多くの多言語情報資産家を増やすべく、情報資産家としての資産の作り方(=資産家になるために情報を資産化する方法)を教えて行きたいと思います。